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リュドミラ音楽・ひとり旅日記

Give every man thy ear, but few thy voice.

The colour of pomegranates/ Ashik Kerib

film

パラジャーノフ生誕90周年記念映画祭での上映6本のうち、『ざくろの色』と『アシク・ケリブ』を観に行った。これらを映画館で観るのは初めてだ。

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私は映画(映像)文法というものをよく知らないし、芸術や歴史の知識なんて無いに等しい。ただ自分が好きで、かっこいいと思うものをいつも探しているだけだ。
『ざくろの色』は、映画に詳しい人には伝説的な傑作として有名ということも知らなかかった。実際観てみると、この影響というのはいろんなところにあるんだな、と思った。

アルメニアの吟遊詩人、サヤト・ノヴァ(ひいてはアルメニアの文化・芸術全般)へのオマージュ*1 といえるこの作品は、確かに独特。ストーリーや科白は無きに等しい。ロシアアヴァンギャルド芸術の後継といえるクールでとんがった映像美。どのカットも平面的でシンメトリーな構図、彩飾写本やイコンを連続で見ているようなのだ。人の動きは歌舞伎や能、バレエ、バロックジェスチャーのように極度に洗練され、様式化されている。多用され、素晴らしい配分を見る黒、白、金の色、その中でやはり中心になるのは、赤=ざくろの色だ。この赤の美しいこと。また全体の幾何学的な構成には、すっかり参ってしまった。生贄の儀式で屠られる山羊までシンメトリーで美しい。

比較的新しく(1988年)、監督の遺作でもある『アシク・ケリブ』、こちらはレールモントフの原作があるのでストーリーはきちんとある。しかし、登場人物の科白の応酬で物語が進んでいくのではない。恋人の父に「貧乏人には娘をやれん」、と言われたアシクは吟遊詩人の持つ楽器*2を携えて出稼ぎに出る。旅の始めに恋敵に(なぜかあっさり)だまされ、衣服を盗られたうえ、故郷ではアシクが死んだと誤報を流される。悲しむ母は盲いてしまう。その後、親切な人々に助けられ、吟遊詩人として不幸な人たちの結婚式で歌ったり、戦争好きな王様に歌を強要されたり、さんざんな目に遭いながら、突然白馬に乗った聖者に救われ、故郷に戻る。母の目も見えるようになり、他の人と結婚させられるなら自害する、という恋人も無事に救われめでたし。タルコフスキーへの献辞、とカメラに停まる白い鳩のカットで終わる。カフカスのフォークロア感にあふれた作品だった。やはりこちらにもざくろが象徴的に使われ、アシクがまとう赤い衣装の色が美しい。
アシクを導く天使たちや、おりおりにはさまれるダンスのフォーメーションもシンメトリック。役者さんたちはいかにもカフカスの美人という風で「濃い」。きれいなんだが、眉毛がつながってる。
『ざくろの色』にも『アシク・ケリブ』にも、見事な絨毯や調度品が多用されている。絨毯コレクターの間では究極はコーカサス絨毯だときいている。それらがふんだんに見られるので、その方面に関心がある人にもわくわくする作品群なのだろう。
ところで、私が行ってみたい場所のひとつにアルメニアの古文書館「マテナダラン」がある。
職員でも中にどれだけの蔵書があるかわからないほど、多くの写本があるらしい。
この中でいくつかの彩飾写本が、マテナダランのデジタルアーカイブで見られるようになっていた。失礼だが*3ちょっとびっくりしてしまった。アーカイブはこちら Մատենադարան 
パラジャーノフの映画は、ちょうどこのコーデックスをめくるようなかんじだと思った。



*1:伝記風ではあるが、伝記映画ではない、と冒頭にある

*2:リュートのように柄の長い撥弦楽器、サズかな

*3:だって英語のページすらないのに…