リュドミラ音楽・ひとり旅日記

Give every man thy ear, but few thy voice.

Khovanshchina at Wiener Staatsoper 20092015

ロシア語の Хованщина は ローマ翻字では Chowanschtschina だが、発音としてはドイツ語翻字の Khovanshchina をそのまま読んだ方が近い。劇場のプログラムのタイトルもドイツ翻字が使用されていたので、ここでもそちらを使用する。

f:id:Lyudmila:20150924133426j:plain ©Wiener Staatsoper

 

9/27(日本時間では9/28)にウィーン国立歌劇場ライブストリーミングがある。

www.staatsoperlive.com

というわけで、世にいうシルバーウィークにウィーンに行ってきた。他にもコンサートとオペラに行ったが、こちらを先に。

 ウィーン国立歌劇場の《ホヴァンシチナ》*1は2014年プレミエ。その時は Semyon Bychkov の指揮で上演された。*2

《ホヴァンシチナ》by モデスト・ムソルグスキー(ショスタコーヴィチ版)
場所:モスクワとその周辺
時期:1682年
あらすじ:近代化を図るピョートル一世へのイワン・ホヴァンスキー公の謀反事件。いろいろあったが、結局ピョートル一世側勝利。ホヴァンスキー側古儀式派、派手に集団自決。ロシアの歴史はいつもこんなことの繰り返し。

James Conlon: Dirigent
Lev Dodin: Regie
Dina Dodina: Dramaturgie

Dmitry Belosselskiy: Iwan Chowanski
Christopher Ventris: Andrei Chowanski
Herbert Lippert: Golizyn
Evgeny Nikitin: Schaklowity
Ain Anger: Dossifei
Elena Maximova: Marfa
Norbert Ernst: Schreiber
Caroline Wenborne: Emma
Lydia Rathkolb: Susanna
Marcus Pelz: Warsonofjew
Marian Talaba: Kuska
Wolfram Igor Derntl: Streschnew

ムソルグスキーがピアノ譜とテキストを遺して亡くなったため、オペラとして完成させたのは他の作曲家たち。
通常ショスタコーヴィチ版*3を定本に演奏されるが、終結部等、さまざまに混合版が上演される。
演出の Lev Dodin は、人名(姓)の後に「china」と付けるのはネガティブで危険であるという意味を持つ、と語っている。
《ボリス・ゴドゥノフ》と同じくロシア史に基づく内容だが、楽曲的には《ホヴァンシチナ》の方がメロディックかつドラマティックで聴きやすい。
Lev Dodin の演出というのは、あるのかないのかわからないものだった。
大まかに三層から成る工事現場の足場みたいな装置があり、周囲に八端十字架のようなものいくつも立ち並んでいる。色彩は黒、グレー、白と無彩色。時折黄色や赤が背景の色として現れるだけだ。

Dodin 演出には往々にしてこういう舞台があり、やはり「あってもなくてもいい」という感想を述べられることが多い。でも、衣装と、演技というかバレエ以外にもコリオグラフィがつけられているのがスタイリッシュだ。
お芝居というより、楽曲そのものを聴かせ、さらに視覚がその助けになるようなスタイルの演出なのかな、とちらと思った。私はこういう舞台もわりと好きだ。
何か特別な意図があったのかもしれないが、私にそれは到底わからないので、よけいなことを考えず音楽に没頭できたのはよかった。
今回の上演で刮目すべきは、やはりこれがこのハウスでのロールデビューというDmitry Belosselskiy のホヴァーンスキー公。あきらかに息子役と年齢が逆転しているように見えるのに、そのプレゼンスと歌唱の熟練度に驚嘆した。密度が高く、輪郭がはっきりした美声。ブレがなく非常にクリアに聴こえる。評判はきいていたが、今まで録音でしか聴いたことがなかったため、実際の巧さがこれほどとは想像できなかった。
完全に舞台映えするタイプではないか。
プレミエでも歌っていた Ain Anger のドジファイも素晴らしかった。これは物語を牽引し、もっともドラマティックな役柄だ。複雑なキャラクターの内面を、ほとんど表情を変えずに表現する。彼が出てくると、シンプルな舞台になぜか説得力が感じられる。最終場面の迫力といったらなかった。
しょっぱなに登場して目立つ、代書屋役の Norbert Ernst のキャラクターもおもしろかった。

さて、私は favourite がハウスデビューなので当然駆けつけたのだから、肝心のシャクロヴィートゥイはどうだったかというと…。この役はよく歌っているものなので案ずる点は何もなかった。パーマンみたいな覆面(?)をして登場なのが似合いすぎておかしかった。最近なぜか声が明るく、軽くなってきているため、3幕の Ах, ты и в судьбине злосчастная, родная Русь! がやけにさらさらっと流れていってしまった。これは全体の演奏に感じた「暗さ、重さ」のなさ、に同期しているようにも思われた。だからマイナスの点ではないのだ。4幕のホヴァンスキー公の死に際しての高笑い…を楽しみにしていたが、まったく予想どおりにやってくれた。いつもの彼だ。自分のパフォーマンスに自信を持ってる。キャストが高水準で、オケも巧すぎる、その中では目立たなかったかもだけど、堂々のハウスデビューだと思った。

この前日には、《チェネレントラ》の公演を楽しいと思って観ていた。
でも私はやはり、ムソルグスキーやショスタコーヴィチの音楽が好きなのだと実感する演奏だった。
この音楽体験をなさりたい方はぜひ、ライブストリーミングをご覧になっていただきたいと思う…のはやまやまだが有料なのでおすすめしにくい…。

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ウィーン国立歌劇場の楽屋口は、たいへんわかりやすく劇場のショップ「ARCADIA」の並びにある。

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ただし、反対側にも全く同じ表示(Buehnen eingung | Stage door)の出入口があり、そちらから出てしまう人もたまにいる。
諸事情により出待ちはしなかったので、終演後の様子は不明。
開演30分前に、ショップをのぞいてから劇場の入り口に向かっていると、見覚えのあるでっかいロシア人が歩いてくる。一瞬時間を間違えて自分が早く来すぎたのかと思ったが、たしかに30分前だ。そしてその人物も、間違いなく私の favourite だ。まだ着替えてないの!? 彼も私を見つけて (=゜ω゜)ノいよぅ …びっくりしすぎて、しどろもどろになってしまった。
後ほど会って話をしたときに、珍しく(仕事の話をほとんどしないので)「このプロダクション、どう思う?」とたずねられた。「私は好きだな、シンプルだし」「装置が上がったり下がったりするだけじゃん。人物があまり動かない。それにあの衣装、真冬仕様だしライトがまともに当たってるとこで歌うんだ。暑くて死にそうになる」…つまり暑苦しい衣装はぎりぎりまで着たくなかったってことね…。
ギャグとおしゃべりが激しいこのロシアのおにいさんから、厳しいミッションも下された。「英語とロシア語、もっと勉強しろ!」*4

*1:ハヴァンシナ、が実際の発音には近い

*2:今回、ちょうど同日昼間にコンツェルトハウスでBychkov とウィーンフィルのコンサートがあり、そちらも聴きに行った

*3:ムソルグスキーを敬愛し、管弦楽法もムソルグスキーに倣って作曲した

*4:ゆっくり話してやってるのに、理解してないことがあるだろ、ロシア語混じりの通常スピードの会話もできるようにしろ。カタカナ、ひらがな、漢字2000字を使える日本人ならかんたんにできるはずだ、というのが言い分。むちゃ言うな。