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リュドミラ音楽・ひとり旅日記

Give every man thy ear, but few thy voice.

LOHENGRIN at Het concertgebouw Amsterdam 20122015

コンヘボ《ローエングリン》二回目はこの格好。帯の柄が白木蓮で、季節はずれなんだけど、わかりゃしない、ということで。外ではコート代わりにチャコールグレーと黒のよろけ縞の長羽織を着用。

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これが今までになく好評で、写真撮らせて!とかお客のオランダおばちゃんたちがこぞって誉めてくれるのにびっくり。演出家が撮った観客席の写真にもしっかり写ってた。
公演二回とも観た甲斐はあって、演出が微妙に変わっていた。
演奏の完成度は同じ。ただし、私の席がこの日は最前列のはしっこだったので、*1鑑賞環境としては一回目のほうがよかったと思う。

Koninklijk Concertgebouworkest
Groot Omroepkoor Koor van De Nationale Opera
Sir Mark Elder - dirigent
Falk Struckmann - bas, Heinrich der Vogler
Klaus Florian Vogt - tenor, Lohengrin
Camilla Nylund - sopraan, Elsa von Brabant
Evgeny Nikitin - bas, Friedrich von Telramund
Katarina Dalayman - sopraan, Ortrud
Samuel Youn - bas-bariton, Heerrufer des Königs

 白鳥ダンサーと、もうひとつ、演出の鍵となっているのがオルトルートのマスク。
オルトルートの魔力が発現される場面になると、このマスクを付けた人が舞台と観客席に現れる。

f:id:Lyudmila:20151230204112j:plain <お役目が終わった後に撮らせていただいたDalaymanマスク

二幕の始まる前に、私が空いていた中央よりの席に移動しようとしたら、その後の席にいたおばさまが「そこにいなさい、その方がいいわ」とおっしゃった。
説得力のある話し方に(この人普通の観客?)とちらと思った。そのとおり、普通の観客ではなく、彼女は客席のオルトルートマスク担当のひとりだった。おそらく自前の衣装は黒一色、と決まっているようだが、もともと黒っぽい服装の人は多いのでそれで目立つことはない。
出番が来ると立ち上がり、おもむろにマスクを付けて一回転するのが役割。このDalaymanそっくりのマスクは3Dプリンタで作られたものなんだそう。一回の担当場面が済めばそのまま舞台鑑賞に戻るので、なかなかいい仕事だな。
私の席は上手の舞台に上がる階段とそでの出入口の真ん前で、とにかくテルラムント伯がそこを行き来することが多く(さらに前を通って舞台中央の階段から上がる場面もあった)、舞台上でも位置が上手よりばかりなので、わざとそこをねらったような場所だった。*2
一回目との演出の違いは、ちょっとした立ち位置の変化と、三幕で殺されたテルラムント伯が舞台の下を通るか上を歩いて中央に行くか、死体代わりのジャケットがあらかじめ舞台に置いてあったのが、自分で持って行くようにしたというところか。
ウケねらいかと思われた白鳥先導のローエングリン花道登場は変わらず、中央の通路側席のお客はたいへんお得。*3

演奏の方といえば、王様のお手持ち譜面はほぼ活躍の場はなくなっていたし、ローエングリンの声は、反対側にいても突き抜けて聴こえるという好環境。
私の大好きな三幕の場面転換の場面での金管の聴かせ方、遠くからのサラウンドが素晴らしかった。ほんの少しだけ音の切り上げが早いのが特徴か。
合唱のまとまり方は相変わらず素晴らしい。
二幕後の幕間で、後の席にいた三人連れのひとりのおじさまが「スコアが違っているところがあったけど、気がついた?」ときいてきた。私にはわからなかったのだが、どの程度の違いを言っているのだろうか。彼はローエングリンの「名乗りの歌」を固唾をのんで聴いており(という雰囲気が伝わってきた)、名乗り終わった瞬間、完璧!と言わんばかりにひとつ向こうの席に座っていた自分の奥方に向かってgoodサインを示していた。
ソリストそれぞれの完璧な役柄の解釈と表現、歌唱の力量、合唱、オケの演奏、これだけそろった名演をしかも自分の大好きな演目で聴けることはそうあることではない。
オペラなんだから、舞台演出もついてないと、との考え方もあるかと思うが、先に書いたとおり、私は別にステージがついていないくてもいっこうにかまわないのだ。
素晴らしい演奏には自分の中で自在な情景を思い浮かべることができるからだ。*4


f:id:Lyudmila:20151230224340j:plain © Mladen Pikulic こちらはRCOがアップしてたカテコ写真

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この日は9時終演だったので、そのまま楽屋口までの最短距離の扉から出て、出待ち。
Vogtさんはまたまたファンサービスに忙しい。私はカメラを持っている人のじゃまにならないようにはしっこでぼーっとしていたけど、このお写真は撮ったよ。

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で、私のfavouriteは、なんとこの日も急用で、楽屋口には出てこなかった。
約束したのにと愕然としたけど、その後ちゃんと会えましたから、ご心配をおかけした皆様ごめんなさい。ありがとうございました。

*1:favouriteを鑑賞するには最高だが、Vogtさんははるか彼方という超マニアック席

*2:こんな状態だとはつゆ知らず…偶然なのだけど。道理で「私の席は〜」と事前にfavouriteに伝えた時に微妙な顔をされたわけだ。演奏会形式の場合はいちおう並び順を考えて席を取る。それが当たりすぎた。カンがいいということにしておいてほしい。

*3:二幕はじめのテルラムント伯夫妻のやりとりも舞台の中央下階段でされる

*4:フィレンツェの《フィデリオ》で怒ってたろーが、と言われるかもしれないが、あれは舞台が当然あると予定されていたものが(しかもその舞台を楽しみにしてた)、ショーペロでいきなり演奏会形式になったから怒ってたのだ。