リュドミラ音楽・ひとり旅日記

Give every man thy ear, but few thy voice.

Salome at Dutch National Opera 02072017

ホランドフェスティバルの一演目でもあり、Ivo van Hove演出、Gatti指揮でオケはもちろんマエストロが今季首席指揮者として就任したコンヘボ*1、タイトルロールはロールデビューではあるが、他のキャストは万全を配置しているかなり力の入ったものだった。

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Musical director: Daniele Gatti
Stage director: Ivo van Hove

Herodes: Lance Ryan
Herodias: Doris Soffel
Salome: Malin Byström
Jochanaan: Evgeny Nikitin
Narraboth: Peter Sonn
Ein Page der Herodias: Hanna Hipp

Royal Concertgebouw Orchestra

 レビューが好評ばかりだったせいか、残りの上演分のきっぷは完売。もう一度みたい、とおっしゃっていたアムスのMevさんが開演前にカッセに寄ってきいてみたが、キャンセル待ちの人がたくさんいるからもう無理だよとのこと。たしかに窓口の横に待機列(?)もできていた。
私は例によって2回公演を観る予定だった。1回目のこの日の席は下手側2階バルコン1列目。これがいい席なんである。
すでに舞台の概要はレビューやビデオクリップ、写真などでわかっていたし、ラジオ放送で演奏は聴いた。
それでも、実際の音と演出にはびっくりした。
「予算ないからどうにかしてください」と頼まれたのかと思うほど、簡素化された舞台。衣装も男性はスーツでヘロディアスはふつうのアフタヌーンドレス。サロメはスリップドレス。ヨカナーンは浮浪者風のランニングシャツに麻っぽい長ズボン。ヅラなし。装置はといえば、舞台のバックパネルが長方形に切り取られたようになっている奥にサロン風の設えがあるだけ。これは時折現れるだけで、ほとんどが黒いバックパネルにビデオが投影されて情景を伝える役割をしている。
真ん中にヨカナーンの幽閉された井戸とみられるせりがある。
演技付けもおおげさなものはなく、歌手もほぼ客席に向かって歌うので、聞き難いところはなかった。最初から最後まで爆演状態だったので、よけいな演技や動きをしていたら歌は聞こえなくなってしまうだろう。
毎度注目を浴びるサロメの七つのヴェールの踊り、舞台上ではByström自身が踊っていた。
この時、背景にはヨカナーンがサロメと踊っているビデオプロジェクション。
サロメの妄想が投影されているように見えるのだ。ヨカナーンに抱かれて踊りたい、身体に触れられたいという願望が舞台いっぱいに広がる。周囲で見物している人々にもそれが広がり、いっしょに踊り出す。終盤、サロメは黒いヴェールで顔を覆ってしまう。投影されるサロメの顔もはっきりわからなくなっていく。ビデオ上のサロメは最後にドレスを脱いでしまうが、おそらくこの時点ではボディダブルのダンサーになっていたのではないかと思う。*2
そして見せ場のサロメの長大なモノローグ。ここでは銀の皿にはヨカナーンは首だけではなくまるごと血塗れで横たわっているというものだった。
まるごとというのはかなり斬新だと思う。*3
首を持って歌うよりも、ヨカナーンの全身にからみつつ歌うサロメはより狂気に満ちていた。
ヨカナーンの血にまみれて恍惚のさなかにいるサロメに対して、ヘロデの「あの女を殺せ」の幕切れのせりふ。背景に切り取られたのは崩壊したサロン。
ヘロデの「必ずや、災厄が起きる」という絶望感が伝わってくるものだった。
徹頭徹尾、一本の太い鉄線が通されたようなコンヘボの演奏はなにより見事であった。
この前のプロダクションでもヘロディアスを歌っていたSoffelの、安定した怖いおばさんぶり。つまらんなーと思ってしまうことがしばしばあるヘロデ役も、一流のヘルデンテノールで聞けたのは幸いだった。ヘロデおもしろいと思えたのは久々。
この力のはいったプロダクションでロールデビューだったByströmは、かなりのプレッシャーだったのではないかと思う。短い作品だが、サロメのひとり舞台といっていいのだから。美人でスタイルもよく、踊れるうえに思いもよらず(失礼)ドイツオペラへの彼女の適性が発揮されていた。おさえた演技と表現も好感度が高かった。
そして、そう私はヨカナーンを観にいったのだ。
DNOはNikitinの個性を尊重してくれているように思う。前回のローエングリンでもそうだったが、タトゥー全開で舞台に立たせるのだ。これでは再演で別の歌手が演じるのが難しくなるのでは…。いつも彼でやってくれればいいけどね。
それにこれだけ上手に踊れるのもなかなかいないよ。今まで聴いた彼のヨカナーンの中では断トツの出来だった。声じたいはエレガントで大きいわけではないので、しばしば爆演にはかき消されてしまうのだがGatti指揮は《パルジファル》でも経験済のため、うまく乗り越えていたと思う。タメの入る演奏なので、テンポが合わないところもあるかとひやひやする場面もあったが、概ね良好。井戸の中から歌う時は、絶妙に音響調整されていたようだし。
このところ不調のことが多かったので、後の方の公演ではまた疲れてしまうのではないかと心配していたのだ。
この日は全体に出来もよく、にこにこと嬉しそうなカーテンコールだった。

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マチネだったため、終演は午後4時頃。
楽屋口に行ってみても、出待ちの人なんかいない*4
待つというほどもなくfavouriteが出てきた。キャップを後ろ前にかぶり、リュックを背負って遠足の小学生か。
翌日マリインスキ―劇場で《サロメ》の出演予定が入っていたので、空港直行なんだろうな、と思ったらそのとおりだった。ちょっと時間あるから、と劇場近くのカフェでお茶飲み話。「このプロダクション、どう思う?」「いいと思うよ。よけいなものがないし曲に集中できる。出てるあなたはどうなの?」「う~ん、まあまあかな」「私、Malinのマルガレーテとエレットラ見てるけど、サロメがベストだと思う」「そうだよ。彼女はドイツオペラが向いてる。美人だし。何みたって?」「マルガレーテ。ファウストの。いまいちだった。」「あー、フレージングが全然ちがう。あれはだめだろ。ファウストどこでみた?」「ロイヤルオペラ」「ロンドン!そん時のメフィスト役は誰?」「Rene Pape」「あ~」(ってどういうリアクションかわからん)「ね、オランダの友達がこのサロメ見て、あなたはダンスがうまいって言ってたよ」「はは。ダンスか~」そのあとすぐに「じゃ、火曜日に戻ってくるからな」と、メトロに去って行った。

 

*1:DNOは劇場付きのオケがないので、コンヘボオケがピットに入ることもある

*2:ヴェールで顔を隠しているうえ、体型もByströmとは違うように見えたので。ヨカナーンはずっとNikitin本人が踊っていた。

*3:血塗れのヨカナーンはボディダブル

*4:夜の公演だとけっこういるのだが