リュドミラ音楽・ひとり旅日記

Give every man thy ear, but few thy voice.

Fidelio at Grand Théâtre de la Ville de Luxembourg 05122018

ルクセンブルクは欧州の国としては比較的新しいため、宮廷劇場風のオペラハウスはない。ルクセンブルク大劇場と称する劇場は、オペラ、バレエ、ミュージカルなどが上演されるが座付きのオーケストラやアンサンブルはいない。
そのため、指揮者が手兵のオケごとやってきたり、ルクセンブルクフィルハーモニー管弦楽団がピットに入ったりする。この《フィデリオ》の初演時にはオケはMinkowskiのLes Musiciens du Louvre Grenobleが演奏していたが、今回はルクセンブルクフィルハーモニーが本拠地のフィルハーモニールクセンブルクから引越し公演するという態であった。合唱はアルノルト・シェーンベルク合唱団。

Musikalische Leitung: Marc Minkowski
Inszenierung, Bühne & Licht: Achim Freyer
Kostüme: Achim Freyer & Amanda Freyer
Mitarbeit Bühne & Kostüme: Petra Weikert

Leonore: Christiane Libor
Florestan: Michael König
Don Pizzaro: Evgeny Niktin
Rocco: Franz Hawlata
Marzelline: Caroline Jestaedt
Jacquino: Julien Behr
Don Fernando: Cody Quattlebaum
1. Gefangener: Antonio Gonzalez Alvarez
2. Gefangener: Marcell Krokovay
Chor: Arnold Schoenberg Chor
Künstlerischer Leiter: Erwin Ortner
Orchester Orchestre Philharmonique du Luxembourg

 ウィーン芸術週間とのコープロで、その時と変わっているのはオケ、マルチェリーネ、ドン・フェルナンド。ヴェニューもこぢんまりした古い劇場から新しい劇場へと様子が違うので多少舞台に違いはあるかもと予想はしていた。が、とんでもない変更があった。私の席は2階下手よりバルコンの最前列。お目当てのドン・ピツァロの位置は下手より3層目のはずなので、これで間違いなく目の前で見られるはずだった。(この演出では序曲の時から各登場人物が姿を現すので、定位置がわかる)
曲が始まり、ドン・ピツァロの位置を見てびっくり。「ちょっ!待ってよ!」と声が出そうになった。彼の位置が上手側になっていたのだ…。かなり端に寄る位置なので見えない!そして位置固定のため、以後絶対(カーテンコールでも)下手側に登場することはない。舞台機構の都合でそうなったのかもしれないが、よりによってそこ変える?左右どちらになっても演出上は問題ないのだろう。ウィーン芸術週間の上演も観た客なんておそらく私だけだと思うし。
心の中ではボヤキが止まらなかったが、音を聴いたりオケと指揮者を見物するには申し分ない席だったので早々に(彼鑑賞は)諦めて、珍妙な《人形劇フィデリオ》鑑賞に没頭することにした。
この演出で表現しているのは夫婦愛でも人類愛でもなく【自由】それだけ。
人は総てジェンダーや役割に囚われている。そこからの解放という一点に集約されている。囚われのかたちはさまざまで、ロッコ父娘などはそれにすら気付かない。
衣裳と紗幕に記されている数字や文字の意味がほんとうにあるのかはわからないが、freiheitという文字だけは際立って目立つ。
人形劇風の演技付と衣裳のせいで、通常ありえないほど笑いをとっていた。マルチェリーネはお人形部分の手足にアイロンかけをしながら歌ったりするので、少々薄気味悪くもある。
2幕でフィデリオがフロレスタンにパンを与えるのも、ずいぶんと大きなパンのかたまり、というように全て前から見てわかりやすいようになっていた。
登場人物の位置が固定されているということは、それぞれが絡む部分でも近寄ったりできない。したがって、ドン・ピツァロとフロレスタン、フィデリオの対決の場面もそれを象徴するダンサーが代わりに立つ。ここはウィーンの演出より照明を少なくしてシンプルになっていたように思う。
それと以前は気付かなかったのか、変わっていたのか、囚人の合唱が寝そべって腹這いになって歌われていたのには驚いた。匍匐前進で登場しそのまま歌うのだ。ソリストは寝そべって歌うことがままあるが、合唱はそこまでするのはあまりないと思う。さぞ歌いにくいことだろうし、床に近いと埃などで喉によくないのでは。
それでも、合唱団の水準はたいへん高くお見事。ここが聴かせどころその1であるし。
ミンコさんの音楽は相変わらずスタイリッシュで超高速。レオノーレ序曲はなし。この舞台でかの重厚な序曲はまったく合わないし唐突に聴こえるだろうから、なくて正解だ。鎖に両手をひっぱられ、床から上半身出した状態から動けないフロレスタンも苦行を強いられている。歌う分量はさほど多くはない役だが、歌唱技術と表現力はかなり高度なものを要求される。Michael Königは健闘していたといえる。この演出で聴衆の心に響く歌唱ができる歌手っているのだろうか。
ウィーンのプレミエより良いと感じたのはレオノーレのLiborだった。まっすぐで素直な美声だ。*1
ルクセンブルクフィルハーモニーは、音の印象はリエージュフィルと似ていると思った。優雅で線が細い。こういう機会がないと聴くことはないオケだが、本拠地のフィルハーモニーの方で聴いてみたい。

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カーテンコール

 

*1:残念ながらフロレスタンを助けてからの二重唱も、寄り添っているのは彼女の代わりに動けるダンサー(とにかくソリストは固定位置から出ないので)のため、なんとも嘘くさい。劇の進行上では自由になっているはずなのに、だれひとり囚われから自由になっていないではないか。