リュドミラ音楽・ひとり旅日記

Give every man thy ear, but few thy voice.

DIE WALKÜRE at l'Auditorium de Bordeaux 20052019

先にブリュンヒルデダックが案内したように、ボルドー国立オペラの新プロダクション《ワルキューレ》*1を観てきた。3回公演しかないので、きっぷは早々に完売だった。この日の席は希望の場所が取れなかったので、時々チケットサイトをチェックしていたら最前列の中央やや右寄りが出た。急いで買い直し。もとのチケットはリファンドできるかと思ったらできなかった。8ユーロの当日券が出ていたのでしかたない。席はどういうところなのかわからないが、完売公演でも当日券枠があるのだろうか。お年寄りが買っていたので学生券とかそういうのでもない。*2
ボルドー国立オペラは有名なボルドー大劇場とコンサートホールとして使うオーディトリアムボルドーの二つのヴェニューを持っている。私はそのことを知らずに、大劇場で上演されるものだと思い込んでいた。
出かける間際に事情通の方が、大劇場はピットが小さいためワーグナー作品はオーディトリアムで上演するのだと教えてくださった。そのおかげで当日ちゃんと行くことができて助かった。ありがとうPさん!
オーディトリアムは大劇場から徒歩7分程度離れた場所にある。
大劇場のような独立した建物ではなく、大通りに面したビルの中にあるため開場待ちは歩道上になる。中に入るとホワイエも狭く、なかなかに殺風景であった。バーカウンターは2階、少し広めのお手洗いは地下1階にあった。
自席に着く前に1階をうろうろしていたら、くるくるカールのグレイヘアの紳士が目にとまった。指揮者のSemyon Bychkovだった。素で見ると背が高く非常にスマートなかんじのおじさまだ。
普段はコンサートホールとして稼働しているここは、オペラに使用する場合、すごく深いオケピットがステージの前に登場する。当然指揮者が登場しても観客にはわからないため、登場拍手もなく時間ぴったりに演奏開始。

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こんなホールです

 Direction musicale : Paul Daniel
Mise en scène : Julia Burbach
Mise en scène, création vidéo : Tal Rösner
Réalisateur lumières : Eric Blosse
Costumes : Clémence Pernoud
Conception scénographique : Jon Bausor

Wotan : Evgeny Nikitin
Brünnhilde : Ingela Brimberg
Sieglinde : Sarah Cambidge
Siegmund : Issachah Savage
Hunding : Štefan Kocán
Fricka : Aude Extrémo
Gerhilde : Léa Frouté
Helmwige : Soula Parassidis
Ortlinde : Cyrielle Ndjiki Nya
Waltraute : Margarete Joswig
Schwertleite : Blandine Staskiewicz
Siegrune : Victoire Bunel
Grimgerde : Marie-Andrée Bouchard-Lesieur
Rossweisse : Adriana Bignagni Lesca
Orchestre : Orchestre National Bordeaux Aquitaine

ステージセットは背景ビデオ用の板が中央に、奥行きを出すのと袖代わりのミラーになっている板が左右に斜めに設置され、床は平台がランダムに3枚置かれているだけだった。緞帳はないのでジークリンデは板つきで始まった。
演出の中心はTal Rösnerの映像で、コンセプトは鳥瞰のようだった。ヴォータンの持つ二羽の大鴉の視点ではなかろうか。一幕に出てくるはずのノートゥングは、かみて側の平台の端にひっそりと刺さっていた。
まず度胆を抜かれたのは、力強いジークリンデの声。クリアな発音で最初からフルパワーで歌っている。若いし体力には相当自信があるのだろう。一方ジークムント役も若いひとだが、こちらはどことなく違和感があった。
イタリアオペラっぽい歌い方で、プッチーニのテノールだったらいいかも…。声は若々しくてとっとと殺されてしまうイケメンにぴったりなかんじだったが、ジークリンデのぐいぐいいくのにおされているような。これはいまひとつ覇気がないフンディングも同じで、ジークリンデはふたりの男性を振り回しているようだった。本来ジークリンデはそういう役なのかもしれないな、と思った。
まあ男性ふたりは聞いていて退屈ではあった。ジークリンデが歌っていないと眠くなってしまうので困った。後半2作には不向きかな。ただジークムントのSavageはまだ若いので、これからワーグナーにシフトしていく可能性はあるかもしれない。

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休憩時間のオケピ

お待ちかねの第二幕。楽しみにしていたIngela BrimbergのブリュンヒルデとZhenyaのヴォータン。そしてフリッカのAude Extrémo、この三人のケミストリーといったら!触媒はZhenyaの声だ。
彼の声はとても美しく独特で、どのような歌手さんとの共演でも変わらない。ついでに演技も変わらない。彼は変化しないのだ。
三人とも多少細く陰影がある声の色調が合っていた。重量感のあるタイプではないのでもの足りないと感じる人もいるかもしれないが、非常にスタイリッシュでシンプルな演出とぴったりだと思った。
too muchになりすぎていないのはワルキューレたちも同じで、どの人も無理なく自由闊達に歌っていた。何も付属品がなくても空を翔る様が描き出されていた。この頃いろんな場所でワーグナー作品の舞台に出ているKaufmannの元妻Margarete Joswigもワルトラウテ役を歌っていた。彼女もこういう小規模のヴェニューに合うワーグナー歌手だと思う。いまや超一流のKaufmannと別れたことは、彼女自身のポテンシャルはKaufmannといっしょにいたら発揮されなかった可能性もあるので、聴く私たちにしたらよかったのかも。
リング4作のうち、後半2作と比べてワルキューレはまだ歌が主役と思われる。テンポ設定がやや速めのオケは、瑕疵なくまとまりアプローズでも指揮者とコンマスに大喝采だった。

1300席ほどの小規模のオーディトリアムには深いピットから立ち上がる音がきれいに回り、快適な音響だったと思う。大音量が苦手な人にはぴったりだ。

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アプローズ

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街中の建物になるので、楽屋口は反対側の通りに面した場所にあり(リエージュのホールよりは反対側に出る距離は近い)Operaという小さい表示もあった。
出待ちの人も何人かいて、そのうちひとりのおじさまがある人物が出てきたのにStuart!と大きな声をあげた。Stuart Skeltonだった。もちろんサインをさせられるはめになっていた。そのあとマエストロBychkovも出てらしたが、スルーされていた。私は基本Zenya以外には声をかけないので、そのままお見送り。後でZhenyaは「Skelton とBychkov が来てたんだよ、普通初日に来るよな?二日目になんでわざわざ来たんだろ?」と不思議がっていた。「それに俺たちはオペラが仕事だから休みに他の仕事観に行ったりしたくないだろ」などと言う。あなただけじゃないでしょうか、そういうのは…。

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こちらはボルドー大劇場。終演後、帰り道で撮影

 

*1:タイトルがワルキューレであるなら、Wotanはウォータンと発音表記するべきだろうが、ここでは日本の慣習的な表記でタイトルはワルキューレ、Wotanはヴォータンとしておく

*2:なぜわかったかというと、ボルドー国立オペラにはスニーカーオペラという若者用のチケットがあるし、当日カッサで並んでいる人から8ユーロきっぷのことを聞いたのだ