リュドミラ音楽・ひとり旅日記

Give every man thy ear, but few thy voice.

Tristan und Isolde at the MET 08102016

この日の公演はMET Live in HD の配信・収録だった。

TRISTAN UND ISOLDE by Richard Wagner

Conductor: Simon Rattle

Isolde: Nina Stemme
Tristan: Stuart Skelton
Brangäne Ekaterina Gubanova
Kurwenal: Evgeny NIkitin
King Marke: Rene Pape

Director: Mariusz Treliński

トリスタンとイゾルデ、という作品はタイトルロールにばかり極端に比重が高く、なんとなればふたりだけ舞台にだしておけばなんとかなる。デコールも船の中、と二種類の室内くらいを用意しておけば足りるだろう。時代も場所もいくらでも読み替え可能で、そのテーマは変わらない。
いったいどんな舞台ならいいのだろう。
完全にリブレットに一致した設定を忠実に再現するか、とことん抽象的にするか。
私が見たものの中では、ベルリン国立歌劇場の天使のオブジェの舞台が好きだ。そしてイゾルデは永遠にMeier様。
今回はMETの新演出。近頃大流行りのビデオプロジェクションは当然多用され、さて舞台の設定はというと20世紀の軍艦だ。私は若干ミリオタが入ってるし、男性は軍服着ると3割増によく見えるので、とりあえずこれに文句はない。
各前奏曲の間には潜望鏡のようなものと、波濤を越える船、おそらく幼いトリスタンとそれを抱くマルケらしき人物映像が紗幕に投影される。マルケが語るように、いかにトリスタンを慈しんできたか。
船内は三層に分かれて、上層はトリスタンたちのいる制御室。二層目はイゾルデたちのいる船室。下層は機関室だろうが特に何もない。下手に各層を昇降するための階段がある。
二層目には監視カメラがあるということか、トリスタンはモニター映像のイゾルデを見、イゾルデもモニターの向こうのトリスタンに向かって歌う。
後でブランゲーネが薬を用意する時も、手もとが映される。
また、タントリスの物語では、その場面が再現されるが、モロルトはトリスタンに射殺されたことになっている。この舞台では剣は使用されず、なんでもピストルだ。
なるべく多くの人物を舞台上に置かないようにしているのか、乗組員もクルヴェナールの他数人。
一幕最後のマルケ王のお迎えの場面でも、マルケ王御一行は出てこない。合唱は全て裏からだ。ここはドタバタとたくさんの人が出てくる中でトリスタンとイゾルデがひきはがされるのを見たいもんである。

 二幕も舞台上にほとんど変化はない。
質素な屋内で、ブランゲーネの見張りの歌も上手の倉庫みたいな部分の上階で歌われる。私はこの歌が好きで、二幕ではここ以外はたいてい気を失っている*1。肝心なのは最後のマルケ王たちの乱入で、ここで必ず目が覚めるからいいのだ。司令官風のマルケ王が超かっこいい。
トリスタンが傷つくのは、自殺未遂のように見えた。
三幕は、真ん中にトリスタンの横たわるベッド。クルヴェナールは下手に控える。
全体に暗く、これもまた変化が少ない。時折少年の姿のトリスタンが現れるのだが、この子がどんな意味を持つのかはよくわからなかった。
また、この舞台では人があまり死なない。死んだことにはなっているのだが、はっきりとそう見えないのだ。いつのまにか姿を消していく。
イゾルデの「Libestod」では、トリスタンとイゾルデはベンチに並んで座っている。ふたりだけの閉塞された世界。穏やかであるのかもしれない。
Trelińskiの演出はシネマジェニック*2だから、映画配信で細部を見たら、理解できるところがあるかな、とは思う。
不可解な演出とは別に、ボーカルチームはほぼ万全といえた。
Stemmeの完全無欠といえるイゾルデに対し、Skeltonはややひ弱なかんじはした。
クルヴェナールがしばしば「わが英雄!」と声高に叫ぶのだが、彼のトリスタンはどうもそれにはそぐわない。ペースが乱れることもしばしばあり、三幕にもピークを持っていくのは相当難しいのだろう、文字通り瀕死状態になっていた。
ブランゲーネのGubanova、彼女の同役は何度か見ている。METではロールデビューだが、持ち役にして5年以上はたっていると思う。今まできいた中ではかなり秀逸だった。
同じくハウスでのロールデビュー、私のFavouriteのクルヴェナール。
海軍下士官風なので、タトゥーもそのまま。演出上のキャラクターに風体はぴったりだ。でも中身は忠義者。音符上に表現されるノーブルさは彼の声質にも合っている。
ただ、三幕のイゾルデの船を待っている場面やマルケ王の船が後を追ってやってくるのを見つける場面は、対象物の方向へ視点が定まらないのか(実際に見えなくてもいいのだが、視線の先に広がる光景がまるで想像できない)落ち着かないかんじだった。
歌う部分が少ないためペース配分もへったくれもなく、いいところを持っていくのはやはりマルケ王で、これはもう世界一のマルケと言われるPape、文句なし。
ひときわ深く響く声に誰もがほれぼれすると思う。
私は一階の左端(列は中央やや後ろ)の席で鑑賞したが、そのせいなのかオケの響きは薄っぺらく感じた。
ドイツで聴く濃厚な音の重なりがなく、薄いわりには堅苦しいような、落ち着かなさがあった。
観客は必ずフライング気味に拍手するし、携帯電話は鳴らすし(ここは歌舞伎座か!年齢層は似たようなもんだが)、妙なとこで笑うし…。何人かに聞いていたアメリカの劇場の実際を目の当たりにできたのはいい経験ではあった。

f:id:Lyudmila:20161014230640j:plain  Kewさま撮影

 

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今回は、大好きなKewさまと日本出発からいっしょだった。慣れている彼女に楽屋口まで連れていっていただいた。
世界で一番出待ちが多いのは新国立劇場だと思うが、METもなかなか多いときいていたので楽しみにしていた。しかし、マチネだというのに待っている人は少なかった。
常連らしき男性3人*3と他数人。
まずとっとと出てきたPapeを囲むみなさん。

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「これ、違う人の写真だよ」と開いたページの間違いを指摘していた。帽子とお靴がかわいかった。
Skeltonもわりと早く出てきた。Gubanovaちゃんはサイン会が好きみたいで、いつもご機嫌。

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お目当てがいつ出てくるかわからないので、私は他の人に話しかけたりサインをもらったりはしない。よこっちょから見守っているだけだ。
そのあと、我がfavourite登場。私が行くことは知らせていなかったので、見つけるととたんにそわそわしだしたのがわかった。(私も落ち着かなかった)
出待ち人たちにサインしたり写真撮られたり、の間じっと待つ。
舞台ではきりっとしてるのに、オフステージだとぽよぽよしてる~。(怖くないでしょ、かわいいでしょ?)

f:id:Lyudmila:20161014230919p:plain on stage

f:id:Lyudmila:20161014231023j:plain   off stage

ここしばらく会えていなかったので、おおげさな再会場面を繰り広げ、また舞台とは関係ないことをしゃべる*4
なんとなく元気がなさそうだったのが、案の定翌日「風邪ひいた。次の公演はたぶんキャンセル」と。いえ、私、次にはもう行かないんでいいんですが…。
今年になってから風邪でドタキャンすることが度々あってすごく心配だし、いつそうなるかヒヤヒヤしている。身体が資本なので、お大事にしてもらいたい。
予告どおり、13日の公演はアンダーのWittmoser*5 が代役で入っていた。

日本でのHDの上映は11/12~ 《トリスタンとイゾルデ》のみチケットが¥5,100 !!!

www.shochiku.co.jp

 

*1:トリスタンとイゾルデが延々と同じようなこと歌っていて、うっかり寝てても時々起きればついていける

*2:Sir Simon談

*3:公演を観ずにプログラムにサインを集めるために来ているおじさんと、歌手といっしょに写真を撮るのが趣味みたいなおじさんと、サインネタをいろいろ持ってくる東洋人の若めな男性。

*4:Kewさまはちゃんと「このプロダクションは好きですか?」とたずねていた。

*5:ドイツ人のベテラン歌手がアンダーで入ってるような役歌うなんて、この人すごいんだ!と今更気づいた私です