ヨーロッパで現役最古の歌劇場として有名なサンカルロ劇場。たしかに古色蒼然としている。デジタルサイネージもないし、入口も重い木の扉だった。（しかも公演前に開場するのが遅い）トイレは無料だったが、個室のカギが壊れていたりナポリっぽかった。
天井画はこんなふう。
シャンデリアはなく、そのせいかなんとなく地味。音響はロイヤルボックスが一番良いそうだ*1。
この日私は２階のボックス席前列に座った。視界は良好。字幕は舞台の上部にイタリア語と英語併記。
Conductor: Zubin Mehta
Don Fernando: Samuel Youn
Don Pizarro: Evgeny Nikitin
Leonore: Anja Kampe
Rocco: Wilhelm Schwinghammer
Florestan: Peter Seiffert
Marzelline: Barbara Bargnesi
Jaquino: Paul Schweinester
Original writing and voice recitant: Sonia Bergamasco*2
さほど広くない舞台に合唱団席とオケが並び、その前にせまぜましくソリストが並ぶ。*3
スレンダーな美女が最初に出てきた。え？誰？
この公演はナレーション付きの演奏会形式だったのだ。以前日本公演もあったP.Jarviの《フィデリオ》では、ロッコの回想という形でやはりロッコ役の俳優がナレーターを務めていた。
今回はイタリア語のナレーションが、レオノーレの心の声として語られる。
女優さんの語りは劇的で、Kampeのフィデリオがとても力強くボーイッシュであったのに対し、女性らしいレオノーレの真の姿が浮かび上がる。その他には演技らしい演技もなく、科白部分もカットされていたのに、「ドラマ」として優れた仕上がりになっていた。
けっこう出番の多いマルチェリーナは、ボローニャ生まれのコロラトゥーラで姿も愛らしく鈴のような音色の声で聴いていてとても心地よかった。ヤキーノ、ロッコ役もムダにイケメン。顔面レベルも歌唱レベルも高かった。
やはり素晴らしかったのは、レオノーレとフロレスタンのふたりで、声量と表現力は群を抜いている。そろそろ下り坂か、と考えていたSeiffertの高音の見事さといったらどうだろう。やはり理想的なトリスタンってこの人だわ〜とうっとりしてしまった。最近あまり聴くことはなくなってしまったが、かれこれ四半世紀、私は彼のファンなのだ。favouriteはMetha師の指揮でSeiffertとは２度目の《フィデリオ》だった。悪人役ではあるけれど、フロレスタンと対峙する声は高貴で繊細。favouriteを《フィデリオ》で観る機会が多いためか、私はこの作品がとても好きになってきている。
曲全体がとても美しいものだし、歓喜の歌に似た信頼と愛と友情が音楽を通して、耳から身体に広がっていくような気がするのだ。
休憩が入って２幕が始まるとき、Metha師は指揮台にあがろうとして台につまづき転んでしまった。ゆっくりとであったが、背中から倒れてしまったのだ。周囲のみなさんが慌てて助け起こした。一瞬ひやりとしたが、どこも傷めた様子もなくそのままなにごともなく振りはじめられたので、ほっとした。レオノーレ序曲は入らず、一気に曲は終わってしまった。
サンカルロ劇場のオケ（特に金管）はあまり上手でもなく、合唱もイマイチだったが豪華版ソリストでじゅうぶんカバーされていた。
アプローズの時に、Metha師は、わざと指揮台につまづくふりをして笑いをとっていた。
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サンカルロ劇場の楽屋口は、建物の左端にある。通り沿いだし、劇場入口に近いのですぐわかる。Metha師はメルセデスのハイヤーで送迎されていた。
意気揚々と出て来たfavouriteは、なぜか公演プログラムを持っていた。道でどうでもいいようなボールペンを売りつけてくる人にお金を渡して、大量のボールペンを押しつけられ「こんなにいらないよ〜」と言いながら私にも１本くれた。「何か書くものほしかったからちょうどよかったんだ」「なんで？」「プログラムにマエストロのサインをもらおうと思って」え？ソリストが指揮者にサインもらうの？今までさんざんお稽古もいっしょだったよね？冗談かと思ったが、後でちゃんともらったサインを見せてくれた。私ももらえばよかった。
ヤキーノ役の歌手と「Seiffertってすごいよな、声が若い。あんなに高音がすらっと出るヘルデンテノールってなかなかいない」などと話していた。
公演は２回しかないが、いい仲間と尊敬するマエストロと仕事ができて楽しそうにしているのを見て、私もとてもうれしかった。
