リュドミラ音楽・ひとり旅日記

Give every man thy ear, but few thy voice.

Lohengrin 東京春祭 08042018

上野春祭の演奏会形式ワーグナーシリーズはいい。と言いつつここ数年は足が遠のいていた。年度初めに職場で騒動が多かったからだ。今年は余裕を持って行くことができた。ワーグナーは演奏会形式でじゅうぶんであると私は考える。予算がないとかで中途半端な舞台をつくるくらいならない方がいい。ただしそれには指揮者なり、演奏者なりがその作品のビジョンを持ち、聴衆に伝える技量あるという条件がつく。
少なくとも今回の公演では、タイトルロールであるKFVがそのビジョンを持ち、出演者をひっぱって「画」を描き切っていたと思う。

 前奏曲から白鳥の騎士がやってくるまでは、なんだか準急くらいの速度とぼやぼやばらけたような音に慣れることができず、そわそわしてしまった。
ブログ仲間のjunちゃんが、エルザ役を「冷凍巨大マグロ」とか言うものだから、どんなエルザなのかと戦々恐々。たしかに蒼ざめてほとんど動かず非常に淡々と歌う様はそうかも…。感情の発露というのは皆無。ロールデビューということもあってか、間違えてはならぬとばかりに譜面を一生懸命見続けていた。気の毒に、せっかく救けにきた白鳥の騎士の慈愛に満ちたまなざしも彼女には届いていなかった。音程もぐらつきがちではあったが、声質そのものはとてもきれいで可愛らしく、KFVの音質と共通の透明感とプロジェクションがあった。これから精進していただこう。
「エストニアの阿部寛*1」Angerもロールデビューだったようだが、もともとの押し出しの立派さと深い声が国王ハインリヒにぴったりだった。Angerは《ホヴァンシチナ》のドジフェイを聴いてたいへん気に入っていたので、楽しみにしていたひとりだ。ただ音色が少し暗いのでロシアオペラの方がより合っているかもしれない。*2
ローエングリン役以外で役が身体に入っていたのがオルトルートのPetra Lang バイロイトでもKFVと同役で共演しているし、芝居気たっぷりで堂に入っていた。花粉症なのか時折調子が悪そうなのは気になったが、きっちり聞かせてくださった。
彼女小柄で小顔なのに迫力あったのは、ライオンみたいなヘアスタイルと悪そうな座り方(演技)のせいだろうか。
テルラムント伯フリードリッヒは春祭に毎年のように登場するSilins 実は私はこの方が苦手。Zhenyaとレパートリーがまる被りなので、行きあたることも多いが声や印象はまるで違う。ちょっと枯れ目な雰囲気だからノーブルといえばノーブルに聞こえるかもしれない。《ローエングリン》の物語の中で最も常識的で女房に攪乱されているとはいえ、まっとうな意見を言っているのはテルラムント伯だけだ。それに彼は回りの人が言うように数々の武勲をあげてきた強い人なのだろう。粗野の中に見え隠れする高貴さ、それを表現するにぴったりなのはひいきの引き倒しとわかってはいるが、Zhenyaだけだと思っている。Silinsだといかにも女房の尻に敷かれている格下感がある。特徴的な微妙なピッチの揺れも気になる。(この役に特に思い入れがあるのでファンの方ご容赦お願いします)

現在世界一のローエングリンだと、少なくとも日本では認識されているKFV 確かにこの人はまんま白鳥の騎士だ。演奏会形式でこそ、彼のローエングリン像ははっきり聴衆に伝わる。舞台付きだと演出家の意図するローエングリンを演じる必要があるが、歌だけならばそれに付随する身体表現が自然に出せる。少し前まで全音域に妙な浮遊感というか空中に抜けて行くような音があって、これが嫌な人は嫌なのだろう、特に昔風の演奏を好むクラシックファンには嫌われる傾向があると思う。しかし今のKFVの声はその頃とかわっている。味気ないくらい透明な高音より中低音域の深さと充実ぶりを聴くべきだ。

今回、1度目の公演後に発熱があり、本調子でないせいもあったろうか、高音が掠れるところがあったので、よけい低い音域の方に耳が引かれた。途中で声が出なくなって代役になるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、後になるほど声もきちんと出るようになっていた。会場の9割はKFV目当てだったと推測されるからファンの皆さまも気が気でななかっただろう。

3幕は圧巻。しょんぼりとしたエルザに対して忌々しげに息を吐き、褒め称えるブラバントの民を睥睨する様子も奥底に得体の知れなさと冷たさがある(と、私は思う)ローエングリンそのものだった。

オケの方はコンマスがやはり目立っていたがこれはしかたない。1幕の神明裁判で試合開始の3回の合図の音がなかったのは不満だった。あれけっこう楽しみなのに。

もうこれからしばらくはKFVのローエングリンは聴けないかもしれない(私はKVFの追っかけではないので)が、いつかまた機会のあることを願う。

 

*1:友人A嬢命名

*2:Zhenyaの言う「スラブっぽい発声」から抜け出していないのだ