カトリック教徒以外で「受難劇」を知っている人はそう多くないと思う。キリストの受難(十字架の道行き)を演劇として上演するものだ*1。有名なのはドイツバイエルン州オーバーアマガウの10年に1度上演される受難劇で、上演のない時でも受難劇場は観光資源として活用されている。今回行ったオーストリアチロル地方の村エルルでは6年ごとに受難劇が開催されていて、歴史はオーバーアマガウより古く400年以上続いている、オーストリアの無形文化財だ。
エルルには受難劇場の隣に音楽用の祝祭劇場というのがあり、こちらはJonas Kaufmannがインテンダントになり、たいへん魅力的な公演を打つようになっているためこれから行きたい人も増えるのではないかと思う。
受難劇の公演は基本5月から10月の土日にあり、上演時間は約3時間30分(休憩30分)開始は13:30なので、ミュンヘンにいる間に日帰りできる。ミュンヘンからは電車で最寄り駅のクフシュタインまで1時間10分程*2。そこからシャトルバスで30分で受難劇場に到着する。ミュンヘン-クフシュタイン間の電車は1時間に1本なので、駅で待つ時間はまあまああったりするが、目的地が山の中の割には行きやすいと思う。これは帰ってから友人に聞いたのだがクフシュタインは昔オーストリア国鉄の回廊列車*3が走っていて、鉄ちゃんには有名な駅なんだそうだ。
ミュンヘンからエルルのチロル音楽祭についての交通手段についてはWagnerienneさんの記事 ミュンヘンからTiroler Festival Erl /チロル音楽祭へ|Wagnerienne が詳しい。


駅から橋を渡り旧市街へ入るとインフォメーションセンターの前に路線バスの停留所があり、何人かそれらしき人々が待っていた。シャトルバス(というより大型バンだった)は事前に予約するようになっているが予約なしでも問題ない(予約票ノーチェック)。途中の路線バス停から乗る人もいた。のどかな田舎道を進み、途中少し渋滞があったが(ほとんどの人が自家用車で来るため)順調に劇場へ到着。「帰りのバスは5時50分出発でーす」(ドイツ語)を聞いて劇場内へ。



1500人収容の受難劇場。客席は余裕のある設計。演出と音楽、舞台設計は上演ごとに新しく制作される。今年のは階段横の装置の奥にオーケストラと十字架などが隠れている。
受難劇はエルルの村人の1/3にあたる約600人が参加し、売店の売り子も村人が引き受けている。開催年の前年11/1(諸聖人の日)から練習を始めるそうだ。
音楽と合唱付きの音楽劇で、かなりの人数なのに子役も統制がとれており、主要登場人物(イエスと十二使徒など)の演技が非常に水準が高かった。福音史家ヨハネ役がたいへんな美青年で、出てきた瞬間にヨハネだとわかるくらいだった。
観客も慣れたもので、そのへんのオペラ劇場の観客よりもはるかにマナーがよかった。
粛々と鑑賞するものだという習慣であろうか。また、見渡したところドイツ語圏以外から来ていそうな観客は私ひとり。当然ドイツ語しか通じない。上演はドイツ語で字幕などはなし。ただ場面ごとにその場のタイトルがドイツ語英語併記で出る。受難劇の内容は難しくはないので予習さあえすれば余裕であろう。



大人数の出入りや移動に客席内の広い通路も使われ、演出はダイナミック。演者にはマイク付きなのでセリフもはっきり聞こえる。
ヘロデの場面はだいぶはしょってあったが、ピラトとその妻が細密に描かれているところが興味深かった。ピラトの在り方というのはやはり受難劇では重要なのだ。
劇場はとても清潔でトイレも個室の数がじゅうぶんあり、快適だった。売店の支払いは現金のみ。お客がドイツ語以外を話すとはまったく想定していないという雰囲気を感じた。規模や場所、時間的にエルルの受難劇はちょうどいい感があり、次回も可能であれば来てみたいと思った。

5時20分くらいに終演。おいていかれては大変と、劇場前で待っていた行きと同じバンに乗り込んだ。と、50分より前なのに車が出発してしまった。どうしたんだろうと思ったら、近くのホテルに戻りたい人を送っていったのだ。50分少し前にまた劇場に戻り、残りの帰り客をピックアップして駅まで。車の中でひとりのご婦人がオーバーアマガウの受難劇について話していた。各地の受難劇を見に行っているマニアもいるんだろうなあ、と思いつつ聞き耳をたてていた。帰りはクフシュタインの駅前で降ろしてもらえた。
19時発のミュンヘン行きに乗車、遅れもなくミュンヘンに到着。